8月18日は高校野球記念日です。1915年(大正4年)のこの日「第1回全国中等学校優勝野球大会」が大阪の豊中球場(豊中グラウンド)で開幕しました。

会場が甲子園球場になったのは第10回大会から。大会名が現行の「全国高等学校野球選手権大会」になったのは1948年(昭和23年)からです(学制改革に伴うもの)。
では、記念すべき第1回大会の優勝校はどこだったのでしょうか?


第1回大会の優勝校は?

第1回大会で優勝したのは、京津地区代表の京都二中(現在の鳥羽高校)です。延長13回の末、秋田中をサヨナラで破っての優勝でした。

大会に出場したのは、各地区の予選を勝ち抜いた9校に、春の東京都大会優勝の早稲田実業を加えた全10校。開幕戦(広島中―鳥取中)の始球式では、大阪朝日新聞社の社長・村山龍平氏が、羽織はかま姿で始球式を行なっています。

村山龍平朝日新聞社長による始球式(第1回全国中等学校優勝野球大会)
▲村山龍平朝日新聞社長(写真右)による始球式 via Wikimedia Commons Unknown public domain

代表校地方大会
秋田中東北
山田中東海
京都二中京津
和歌山中関西
神戸二中兵庫
広島中山陽
鳥取中山陰
高松中四国
久留米商九州
早稲田実東京(※)

※春の東京都下大会優勝による

【豊中球場の今】発祥の地記念公園

第1回大会が行なわれた豊中球場(豊中グラウンド)は、1922年(大正11年)ごろに同グラウンドの約1.7倍の広さを持つ「宝塚運動場」の建設にともない取り壊されました。

現在は「高校野球発祥の地記念公園」として整備され、豊中グラウンドの歴史に関する解説板や、歴代優勝・準優勝校の名前が入ったプレートなどが設置されています。

2017年に再整備され拡張された高校野球発祥の地記念公園の全景
▲高校野球発祥の地記念公園 via Wikimedia Commons Miya.m CC BY-SA 4.0

なお、野球大会自体は、1917年の第3回大会から鳴尾球場(兵庫県西宮市)に会場を移しています。第2回大会で観客が豊中グラウンドの収容人数を超えてしまったのが理由です。

【クイズ】第4回大会中止の理由は?

ここでクイズです。1918年(大正7年)の第4回大会は、各地区の代表校が決定したのち「ある理由」で中止となりました。
この理由は、記念公園のプレートにも「○○のため本大会中止」とはっきり記されています。では「ある理由」とは、次のうちどれでしょう?

  1. 米騒動
  2. スペイン風邪
  3. 日中戦争

答え



正解は「1.米騒動」です。この年、予選を勝ち抜いた14校はすでに関西入りしていましたが、7月下旬に富山県で勃発した米騒動(コメの値段の急騰に対する抗議騒動)が拡大。
開幕2日前に神戸の商社などが襲われたため、主催者は大会延期を発表し、のちに中止が決定しました。

なお、誤答選択肢「2.スペイン風邪」は、同じ年に日本で流行しましたが、直接の中止理由にはなっていません。
また「3.日中戦争」は、第27回大会(1941年)の大会中止理由となっています(戦時体制強化のため、地方大会の途中で中止)。

【まとめ】東北予選は秋田県だけ!?

最後までご覧いただきありがとうございます。今回の内容をまとめておきますね。

  • 8月18日は高校野球記念日。1915年に「第1回全国中等学校優勝野球大会」が開幕したことに由来する
  • 第1回大会で優勝したのは、京津地区代表の京都二中(現在の鳥羽高校)
  • 第1回大会の開催地である豊中グラウンドは、一部が「高校野球発祥の地記念公園」として整備されている
  • 第4回の全国大会は「米騒動」のため中止となった

ちなみに、第1回大会の東北地区予選は秋田県の3校だけで実施され、ほかの5県には予選があることさえ知らされなかった…、なんて話も。
大会開催が発表されたのが7月1日付の朝日新聞紙面だったそうですから(本大会のわずか1か月半前)、いろいろとドタバタ劇があったのかもしれません。

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